2020年9月13日の「情熱大陸」は、“ハリケーンランプの職人” 別所由加(べっしょ ゆか)。
“ハリケーンランプ”とは、嵐の中でも灯した火が消えないと言われることから、その名が付けられたオイルランプで、100年を超える歴史があります。
かつては、戦場や航海時の船舶、ビニールハウスなどで使用されていましたが、アウトドアブームから、再び人気が出ています。
ほとんどが外国製の中、日本製の“ハリケーンランプ”を昔ながらの製法で作る唯一と言われる職人が、別所由加なのです。
別所由加は、大阪府八尾市に拠点を構える創業大正13年(1924年)の老舗ランプメーカーの「WINGED WHEEL」の代表取締役であり、“ハリケーンランプ”職人でもあります。
「WINGED WHEEL」の“ハリケーンランプ”の性能の高さは、誕生した大正時代には、既に完成されていたと言われていて、一度火をともすと、安定した火が6~7時間も保たれ、ちょっとやそっとではその火は消えないと言われています。
誕生からランプの形状は、一度も変わることなく製造されてきているそうです。
ランプのフォルムを見ていると、その美しさやレトロ感が、ごく自然に身体の感覚に馴染むとでもいうのでしょうか?
とても懐かしいような、穏やかな気持ちになるのが不思議です。
女性経営者でありながら、国内唯一のランプ職人でもある、別所由加とは、どんな人なのでしょうか?
情熱大陸 別所由加のプロフィール、ランプ職人になると決めた理由は?
別所由加は、1989に大阪に生まれました。
中学・高校・大学と音楽(特にドラム)に打ち込んでいて、高校時代は約100人の軽音部を束ね、その厳しさから“伝説の部長”と崇められていたといいます。
20歳の時に大学を中退して、ランプ職人の道に進みます。
アウトドアで人気のハリケーンランプの職人なのですが、本人はアウトドアに興味がなく、趣味は映画鑑賞というインドア派というのが、面白いですね。
彼女が代表取締役を務める「WINGED WHEEL」の前身にあたる「別所ランプ製作所」が、ハリケーンランプを売り出したのは、1924年前後だそうです。
元ホウロウ職人だった、別所由加の曽祖父、別所留吉(べっしょ とめきち)が、ドイツ製のハリケーンランプから、研究を重ねて、10年がかりで完成させたといいます。
最盛期には毎日2,000個が作られ、海外にも輸出されていたといいます。
戦後、電気が普及していく中で、ランプの需要は減り、事業は縮小の一途をたどり、ついに3代目の祖父の時代(2003年)に、会社は倒産したそうです。
倒産直後のことは、別所由加は、細かくは覚えていないそうです。
「ものすごくショックだったんだと思います。全然記憶がなくて、ぽつんと母親と2人で、国道沿いでトラックを待っているという断片的な映像しか残っていないんです」
でも、その後については、こう語っています。
「ある日突然、家も会社もなくなりました。この日のことは一生忘れないと思います。それからすぐに祖父の認知症が始まり、会社の再生を託されたのは、それまで会社の経営にまったくタッチしていなかった母でした。当時すでに日本で最後のランプ屋になっていたので、母はなんとか工場をよみがえらせようと必死で奔走しました」
(出典:朝日新聞DIGITAL ハリケーンランプ職人の別所由加さん「小6から消えない怒りの炎があるから」2018.11.15付)
母親が会社再建のために必死に奔走した結果、2007年に「WINGED WHEEL」という新たな社名で再起を果たすことができました。
別所由加は、当初、家業を継ぐ気持ちはなかったといいます。
大学でも音楽に打ち込んでいたのだとか。
しかし、職人はほとんど集まらないなどで、家業の継続が難しくなった母の弱音に、「そんなら私がやったる!」と奮起したそうです。
母親が必死で守ろうとして“ハリケーンランプ”を何とか残したい一念だったと言います。
この覚悟がすごい!!と私は思いました。
実際には、やり始めてからのほうが、大変なことがたくさんあったのだとは思うのですが、まずは、この覚悟なくしては、この先には繋がりません。
大変さも飲み込んで、そこに立った彼女の強さがすごい!と思います。
彼女は、周りの反対を押し切って大学を中退し、2011年に、「WINGED WHEEL」に入社しました。
そして、2013年からは、代表取締役として会社経営もしています。
驚いたことに、最盛期には200人もいた職人も、今は誰もいなくなり、彼女ただ1人が、ランプ作りを受け継いでいます。
彼女は言います。
「ランプが好きと言うより、あることが当たり前だったので、なくなることが許せなかったんだと思います。“ハリケーンランプ”のような良いものが、どうしてなくならないといけないのかと。誰に対してとか、何かに対してとかじゃないんですけど、めちゃくちゃ怒っているんですよ。倒産した時からずっと。悔しい、という感情なのか、自分でも説明できないんですけど、そういう思いがずっとあって。それがあっての今なんです」
別所由加が生れた年には、既に家業は傾いていたといいます。
しかし、彼女は家業のランプは、あって当然のもの、廃れてなくなっていくものだとはしていなかったことに、私には感動があります。
家業に見切りをつけて、次の道を探す人生だってあったと思うのです。
でも、それを選択しなかったところに、ランプの可能性がまだあることを、彼女自身が本能的というか、深い部分でそれを知っていたのかもしれないな、と思うのです。
情熱大陸 別所由加のランプの魅力!
ハリケーンランプを扇風機の前で灯しながら、別所由加は言います。
「風が当たる角度によっては、一瞬消えるように見えるんですけど、消えないんです」
1本2万円くらいからと、少々値が張りますが、1度使うと手放せなくなる魅力が、このランプにはあるようです。
あるキャンパーは、「3本持っています」と言っていました。
3本も持っているなんて、マニアですね。
そのキャンパーは、風が吹いたときの消えない強い炎は、全然違うと言います。
特に、炎を絞ったときによく分かるのだそうです。
輸入品だと3,000円くらいで売っているそうですが、全然違う暖かみがあると言います。
別所由加自身のハリケーンランプに対する思い入れのハンパなさが、「情熱大陸」の番組中、いたるところで感じられました。
彼女は、ハリケーンランプに火を灯し、じぃっと炎を見つめて、こう言います。
「贔屓目(ひいきめ)ですけど、1番かっこいいと思います。シュッとしている、めちゃめちゃ関西弁ですけど。これに火をつけたら、仕事にならない。ずっと見ちゃう。これでお酒があったら大変なことになる!」
映画鑑賞が趣味の彼女のお気に入りが、トムクルーズが出演するSFスリラー映画「OBLIVION」。
この映画は、核兵器で汚染され、人類が去った地球を監視し続ける男の物語なのですが、何度も繰り返し見ているのだとか。
この映画を私は知らなかったので、何が良いのかしら?と思っていたら!
「こんだけ近未来の映画なのに、オイルランプが出ているんですよ!映画館で見たときに、母と2人で中腰になりました」
この映画を、一緒にビデオで見ていた「情熱大陸」の取材スタッフに、彼女は「ほらっ!」とあるシーンを指さします。
それは、SFの近未来的なシチュエーションの中で、主人公がある女性とディナーのテーブルを囲んでいるシーンでした。
このシーンのどこに、そんなに反応をしているの?と思えば、彼女は、テーブルの上にあるオイルランプを指さしていたのです。
「こんなSFの世界で、周りが近未来の設定であるのにも関わらず、ディナーのテーブルにオイルランプを置くなんて、めちゃくちゃロマンチック!これで、ほんとにランプに未来があるなって思えたんですよね」
え?これで?と、たぶん取材スタッフもあっけにとられてしまったと思います。
でも、オイルランプに一途な彼女にとって、それは、未来からの救世主のように感じたのに違いありません。
こんなに造り手が愛してやまないランプが、使う人の心を動かさないはずはありません。
ハリケーンランプが放つ美しさと暖かみは、フォルムのみならず、そこに宿る作り主の想いがあるからなのかもしれませんね。
情熱大陸 別所由加のランプ職人としての運命を動かす力!
ハリケーンランプの製作行程は、300にもおよぶそうです。
しかし、1924年以来、その工程ごとに職人さんによる“口伝”のみで、連綿と技術が受け継がれてきたために、従業員はわずか数名になっていた2011年の時点では、すべての工程を把握している人は誰もいない状態になっていました。
こんな状態で、作り続けることは無理じゃない?
誰もがこう思うと思います。
実際、別所由加もそう思ったそうです。彼女はこの状態に“怒り”を感じたと言っていました。
しかし、“ハリケーンランプ”の神が、彼女を選んだのには理由があったのですね。
彼女は、何十年も前の職人が作って残していたパーツを組み立てながら、その工程をマニュアル化していったのです。
そして、次々に問題は噴出します。
あるパーツの在庫がなくなり始めた2014年ごろに、それは発覚しました。
そのパーツを作るために「金型」を探したところ、なんと潰されていて、使い物にならないことが分かったのです。
なんで?もう必要ないと思った人がいたの?
彼女も、今でも理解できないし、絶望した、と語っています。
でも、彼女はあきらめなかった!
すごいですよね!
“ハリケーンランプ”がこの世から無くなることこそ、彼女の中では、ありえないこと、これからも当然あり続けるものとして、未来を見たからこそ、次の一手が指し示されたのでしょう。
金型の修復のためにかかる資金を得るために、彼女はクラウドファンディングを活用したのです。
この呼びかけで、“ハリケーンランプ”の製造が窮地に立たされていることが、一般に知られることとなり、アウトドア愛好家を中心に、250万円の資金援助がされました。
別所由加は、”ハリケーンランプ”を作る時、創業時から『これ以上のものはない』と言われてきた、“完成形のハリケーンランプ”を忠実に再現することを目指していると言います。
情熱大陸 別所由加が生み出す予約“5年”待ちのランプとは?
別所由加の出社は、毎朝7時。
母親の二三子さんと二人三脚で仕事をしています。
早起きの母親は、もう仕事に取り掛かっています。
工場にあるは、ハリケーンランプの製造に使うプレス機は、別所由加が生まれる1年前、1988年製のプレス機は、まだ新しいほうで、かなり年季が入っているものばかりです。
そのため、プレス機はしばしば調子が悪くなります。
「ほんまに(機械に)性格があるんで。この人(機械)は割と頑張り屋さんで踏ん張ってくれるんですけど、この人(機械)は全然踏ん張らないし」
別所由加は、機械のことを、“人”と呼んでいるのです。
「癖になっています」と、彼女は言いますが、古い機械への賛辞が聞こえてきます。
「私よりも、みんな大体年上なんでね。あんまり舐めていると、向こうも私を見ているんで。私が分かってあげさえすれば、ずっとついてきてくれるし、一緒に頑張ってくれる。古い機械は、強いんですよね。それは、新しい機械には多分ないことだと思います」
古い機械は修理工も少ないので、少々のトラブルは自分で直します。
悩まされながらも、どれもかけがえのない相棒、と彼女はいいます。
そばの壁には、プレス機に取り付ける金型が並んでいます。
ハリケーランプ1つの製造に、200近い金型が使われます。
金型は、ランプ作りの要です。
ハリーケーンランプのパーツの多くが、さまざまな金型を使って、何度もプレスを重ねて成形されていくという工程を経ます。
例えば、燃料のオイルを入れる油壺は、実に9回の金型交換とプレスが必要なのです。
そして、この金型の取り扱いは、一筋縄(ひとすじなわ)ではいかない難しさがあるのです。
まず、重量です。
ゆうに100キロを超える金型が多いのです。
そのため、プレス機に取り付けるだけでもかなりの力仕事になります。
女性では、とても持ち運びはできません。
ジャッキのようなものに乗せて運びますが、それに乗せたり降ろしたりが、一苦労です。
その上、金型は、上下に分かれていて、わずかでもその上下の設定の位置がずれれば、できたパーツは使い物になりません。
金型の設定位置の調整に、数時間かかることもあるのです。
慎重さと根気を要する仕事です。
作っているパーツに、不具合が見つかりました。破れたり、割けてしまっているものも。。。
何度も何度も、プレス機の調整をしても不具合が解消しない時、彼女は無理やり機械を働かせることはしません。
「私がイライラしてきているんで、もうやめておきます。考えられる原因は色々ありますけど、一番は私の機嫌と、この人(機械)の機嫌が全然合っていないから。だから、今はやめたほうがマシだと思う」
こんな時に、彼女には、いつも開くノートがあります。
ランプ職人の道に飛び込んだ当時、何がどのパーツなのかも全然分からなかったことから、老練の先輩に学んだことを、とりあえず絵を書いて、覚えていったことを書いた大切なノートです。
今でこそ機械の扱いは手慣れていますが、最初は、大怪我もしました。
機械から手を離すタイミングが遅くて、手から血が漫画みたいに飛んだこともあったそうです。
機械と対話しながらの、彼女のランプは、4.5ヶ月で25個しかできないこともあります。
「口にすると落ち込みますね。そんだけしかできてないかと思うと」
彼女はため息まじりにいいますが、目下予約は800件を超え、5年待ちでも構わないと言うお客が、彼女の奮闘を支えていました。
情熱大陸 別所由加が語る未来のランプとは?
“ランプの未来”が、別所由加のテーマ!
工場を継いで以来ずっと、自分にしか作れないランプを模索し続けています。
別所由加は、テレビで見た、高岡銅器伝統工芸に惚れ込んで、ハリケーンランプにこの特殊な技術で着色したいと、富山県高岡市に足を運び、直談判をしました。
高岡銅器(たかおかどうき)伝統工芸士の折井宏司(おりい こうじ)は言います。
「この心意気すごいなーって。ハリケーンランプを復活させようとしてることに、すごいなーって共感したんです。なんかフィーリングがあったというかね。めっちゃ早口で、面白い子だなと思って」
折井の伝統工芸の技によって、ハリケーンランプは、従来にない渋い黒を帯びていきます。
これがアンティーク調の新作になりました。
別所由加は、一方で、全く新しいランプの試作も進めています。
インテリアに映える、シンプルなガラスのオイルランプです。
彼女は言います。
「ハリケーンランプが売れれば売れるほど、不安になります。アウトドア1本というのがすごく怖くて。ブームはいつか終わるし、流行に左右される、もの作りをしているうちは、全然だめだと思っている。じゃあどうするんだろう、ということを常に考えていかないと」
伝統を守り続けるだけでは、未来は開けないことを、彼女は倒産を経験しているだけに、切実に感じているのかもしれません。
彼女が目指す、ランプとは、
「ラップの火って、何て言ったらいいのかなぁ。わたし的には、癒しなんです。人の気持ちに寄り添うランプを残していきたい。それは、コロナの前から目指していたけれども。この殺伐とした中で、そう思ってもらえたら、より嬉しいですね」
なのです。
情熱大陸 「別所由加 予約“5年”待ちのハリケーンランプ一家相伝の灯を守るランプ職人」を観て
“ハリケーンランプ”は、その性能や美しいフォルムに加えて、別所由加の想いに世間が共感し、今や5年待ちをしても手に入れたい、貴重なランプになったのではないでしょうか。
放映前に、“ハリケーンランプ”に打ち込む、どんなとっつきにくい頑固な女性が現れるのかと、私はひそかに思っていました。
しかし、画面に写っていた彼女は、実直で明るく、奇をてらうわけでもなく、ただそのままを表現するきさくな女性で、かわいらしささえ感じました。
“ハリケーンランプ”を未来に繋ぐという想いを貫くことには、少しの妥協もない芯の強さがありながらも、、人生をたんたんと、でも情熱的に生きている人なのだと、静かな感動がありました。
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