情熱大陸 コロナ渦での東京フィルハーモニー交響楽団の再出発!

2020年7月5日(日曜日)放映の「情熱大陸」は、コロナ渦で再出発を決断した東京フィルハーモニー交響楽団が取り上げられた。

2020年6月21日(日曜日)東京渋谷のオーチャードホールで、東京フィルハーモニー交響楽団は、都内で先陣を切って再演に踏みきった。
およそ4か月ぶりの公演。

新型コロナウイルス感染症緊急事態宣言解除から約1か月。新規感染者数は、減少傾向にはあったが、油断はできない。

観客の拍手に迎えられて舞台袖からステージに出ていく楽団員。
“音楽を絶やすことなく、次の世代の繋ぐために” コンサート再開の一歩を緊張の中で迎える。

「音楽の力を信じる!」東京フィルハーモニー交響楽団の再出発への想い

コロナの影響で、クラシックコンサートは3月以降軒並み中止。
およそ4か月、東京フィルハーモニー交響楽団は、演奏会の自粛を余儀なくされた。
事務局の岩崎井織は言う。「130回くらいの演奏会がなくなってしまった。損失額だけでいくともう〇億円という状況ですね」
思った以上の金額に私は驚いた。

日本オーケストラ連盟は、コンサートの再開に時間がかかる理由として、楽団員が3か月間以上、集まって練習できなかったうえに、舞台上や客席のいわゆる「3密」を防ぐ方法が定まっていないことや、海外の指揮者やソリストが来日するめどが立っていないことなどを挙げている。

東京フィルハーモニー交響楽団は、運営費の8割をチケット収入に頼っているために、長期の自粛は存続の危機に直結する。
たとえ3密を避けコンサートを再開したとしても、客席を満席にできなければ、収益面での不安は残ったままになる。悩みはつきない。

コロナ渦といわれる世界の出口は、いまだ見えない。しかし、それを恐れて歩みを止めてしまうのは、音楽の死を意味する。

コンサートマスターの近藤薫は言う。
「もし日本のクラシック音楽のコンサートがこれでなくなってしまったら、コロナ前に戻ることは不可能だと思う。なくさない責任は、私たちが背負わないといけない。止めてしまうのはダメ!音楽は社会に絶対に必要だという確信があるんです!」
クラシック音楽をけん引する者としての発言に胸を打たれる。

“オーケストラは、聴衆があってこその世界”
そう信じる東京フィルハーモニー交響楽団は、再開のために、そのひとつひとつに取り組んだ。

ステージ上の密を避ける

2020年6月18日(木曜日)に東京オペラシティでリハーサルを実施。

まずは、ステージ上の3密を避けるために、ステージスタッフがその方法を模索していた。
ステージマネージャー稲岡宏司からの指示に従って、木管と弦楽器の演奏者の間隔は1.5m、金管との間は2mをとって演奏者用の椅子を配置。
ステージにめいっぱい配置された演奏者の椅子を見て、パーカッション奏者の船迫優子は、「すごいね。ソーシャル・ディスタンス」
いつもと違う風景が広がっていた。

コンサートで感染者をだしてはならない。
演奏者は10人以上減らし70名編成にし、演奏時間も53分と通常の1/3の時間にした。
再出発の指揮は、渡邊一正(レジデント・コンダクター)。
曲目は、ドヴォルザーク作曲の交響曲第9番「新世界より」。

リハーサル後、ステージマネージャー大田淳志は、「金管奏者の飛沫拡散の防止を別途追加したほうがいいんじゃないか」と提案。金管楽器の息は、ベル(吹き出し口)からではなくて、側面から出る可能性がある。
急遽、ステージマネージャー古谷寛は、会場近くの東急ハンズに走りビニールシートを購入し、演奏者との間にビニールシートの間仕切りを作った。

トランペット首席奏者の野田亮とトロンボーン首席奏者の中西和泉は、「(雰囲気が)全然違う」と間仕切りに触ってみる。

トロンボーン奏者の石川浩が試しにトロンボーンを吹いてみると、1つ離れた隣席の演奏者からは、「ちょっと音が遠い」と反応が返ってきた。音の響きに影響が出てしまう。コロナ以前とはすべてが違う。

観客席の密を避ける

事務局長と事務局スタッフの岩崎井織の間で観客の消毒について議論がかわされた。
「手の消毒を観客が嫌だと言われたらどうするの?それと、荷物を持っている人は?」
「荷物を持っている方は一度置いていただきます」
「どこへ?」
「それも考えなくちゃいけないですね」
「そういうことを考えなきゃいけない、って言ってるの。ここが一番大きな重要なところ。今までにないことだから」
コロナを経験して、初めて向きあうオーケストラの運営。新たなスタンダードが模索されていた。
来場者には、間隔を空けて入場を案内し、手の消毒もしやすいように机を配置。また、2,150名収容できる客席数も3割に抑え、充分な余裕を持たせることにした。


自粛中の楽団員たち

3か月ぶりのリハーサル。
コロナ前と違うソーシャル・ディスタンスを意識しながらの音合わせであったにも拘わらず、楽団員たちには、特別な想いがあった。
ホルン奏者の田場英子は、「泣いちゃいました。ははは、嬉しくて」
ヴァイオリン奏者の藤瀬実沙子と中丸洋子は、「戻るべき世界にやっと戻った感じ」
ヴァイオリン首席奏者の藤村政芳は、「これだけの人が集まって音を出すことがいかにすごいのかってことが、脳みそにまで染みてくる感じがしました。うわー!これだよ、これだよって感じ」
演奏者たちの口からあふれ出た感動と喜びの声が、ジーンと伝わってくる。

しかし、ステイホーム中、楽団員たちは、自由に音楽を奏でられない現実に心がおれそうになり、存在意義さえ問われる、自問自答の連続の日々だったという。
トロンボーン奏者の石川浩は、「人前でふくことが仕事なので、何もできないのはどうしよう」
ヴァイオリン奏者の坪井夏美は、「人前で演奏できないのがこんなにつらいんだって。なんかちょっと世の中に置いてかれているような感じもしたりして」
ティンパニ首席奏者の岡部亮澄は、「無力だなって思うのが一番でした」

楽団員の人たちは、ステイホームの間をいったいどう過ごしてしていたのでしょう。
ホルン首席奏者の高橋臣宜は、練習場所を確保するのに苦労していた。
「近所の個人でやってらっしゃるピアノ教室にも電話をかけたりしたんですが、ことごとくダメで、それでいよいよどうしようとなった時に...」
マイカーの後部座席が練習所となった。
「吹けない状況って、僕にとってはすごく恐怖。やっと命をつないだみたいな感じです」

ヴィオラ首席奏者の須田祥子は、自主制作のCD「びおらざんまい」を出した。「音楽に飢えている人も増えているんじゃないかなと思って。心が癒されたいみたいな。ヴィオラには、その力が確実にあると思っている。体にスッと入ってくる音色感が」
オーケストラの中でヴィオラは影の立役者だと言う。
「私たち(ヴィオラ)が仕掛けるとすべての流れが変わっていく。肉じゃなくて、“肉汁”(みたいな)。それがあることで世界が広がる。でも、気づかれなくていいんですけどね」

コンサートマスターの近藤薫は、自粛中、ヴァイオリンを置いて、近所の草むしりをした。次々と芽を出す若い芽を見ていて、ふと想いいたることがあったという。
近藤は、東京フィルの有志を集めて、全国にあるジュニアオケの指導をしてきた。コロナの影響でこれも中断したままだったが、今しかない子どもたちのために歩みを止めてはいけないと、苦手なパソコンを操作してリモートレッスンを始めた。年に1度の発表会の代わりにとリモート演奏会を試みた。(配信動画:子供たちと東京フィルが「運命」を本気でリモート演奏してみた!)
彼は、クラシック音楽を絶やさないために、東京大学先端科学技術研究センターで客員研究員も務めている。
祖父(富雄さん)も東京フィル創設時のコンサートマスターを務めたヴァイオリニストだった。祖父から教わった演奏家として目標をもつこと、それを達成すべく日々練習することの大切さを後進に伝え、成長を後押ししていた。


新しいクラシックコンサートを創る幕開け

1911年に創立された東京フィルハーモニー交響楽団は、日本で一番大きい老舗のオーケストラ。コンサートだけでなく、社会貢献活動にも積極的に向き合い、子どもから高齢者まで広くクラシック音楽の魅力を伝えてきた。

オーボエ奏者の杉本真木は、幼い時に聴いた東京フィルの音色に魅せられ、1997年に入団し、以来23年間東京フィル一筋。彼女は自粛期間中に目にしたネット書き込みに心を痛めていた。
「「日本はオーケストラが多すぎるから、これで潰れるくらいがちょうどいい」という言葉や、「音楽なんてそもそも重要じゃない」というのが目につくと、すごくつらい」

彼女は音楽の可能性を信じている。
「老人ホームに行ったり、小中学校を訪問したり、ずっと定期的にやっているんです。最初はざわざわしていますけど、(そのうち)だんだんと目を輝かせて一緒になって引き込まれてくるんです。そういう経験はいっぱいしているので、人の心に直接働きかけることのできる仕事だという自負を持っています」

コンサートマスターの近藤薫も言っている。
「生の演奏っていうのはふれあいなんですよ、その瞬間にしかないふれあい、それが本当のクラシック音楽の真髄」

“それぞれの想いがひとつになる瞬間、シンフォニーが人の心を動かす”

ホルン奏者の高橋臣宜は、「3か月のブランクあるので、相当緊張するとは思うのですが、最初の1歩なので、イロハのイなので、届けばいいなと思っています」
(バックにカーペンターズ「青春の輝き」の演奏シーン)

ヴィオラ首席奏者の須田祥子は、「遠足の前の日じゃないけど、明日何が起こるんだろうって(いう気持ち)。人に聴いてもらえるのがありがたいと実感する。良い音楽をお客さんに伝えたい。それに尽きます」
(バックに美空ひばり「川の流れのように」の演奏シーン)

コンサートマスターの近藤薫は、「あくまで社会に寄り添いながらやらなくちゃいけないと思っています。来てくれるお客さまも「なんで行くの?」という反対を押し切って聴きにきてくれるかもしれないし、そういう方々のためにも、しっかり意思を持って音を出さなくちゃいけないと思っています」
(バックに「大きな古時計」の演奏シーン)

コンサート当日。
いよいよ4か月ぶりのコンサート。東京フィルハーモニー交響楽団の再出発。新たな世界の幕開け。
音楽を絶やすことなく、次の世代に繋ぐために自分たちの音を待っていてくれる人がいる、そう信じてきた日々。やっと迎える日。観客の前で演奏できる喜び。

ホールの外には、観客に手の消毒とソーシャル・ディスタンスを呼び掛けるスタッフ。開場とともに、マスクをした観客が手を消毒して次々にホール内に進んだ。

コンサートマスターの近藤薫の提案で、楽団員はステージ上に全員が揃うまで、立ったまま観客に感謝の気持ちを伝えた。

演奏し終わった後の観客の拍手に楽団員のほっとした喜びにあふれた笑顔にジーンとした。
コンサートマスター近藤薫は、終焉後「燃えました」と一言を満足そうに言った。

ヴィオラ首席奏者の須田祥子は「変わらず同じ席にいる定期会員のおじさんを見つけてちょっと嬉しくなりました。あの人も元気だったんだなって」

トロンボーン奏者の石川浩は、「お帰りなさい、というようなことを言っていただいたような。一生忘れてはいけないな」

頭上まで手を持ち上げて大きく拍手をする観客たち。
「あーもう本当に来てよかった。ちょっと来るのにためらいがあったんですけど、勇気ある嬉しい第一歩を出していただいたと思っています」
観客の一人のこのコメントに、楽団員だけでなく、再演を待ち望んでいた観客も音楽の力を信じ、なくさないために尽力する一人であることを実感した。

日本オーケストラ連盟は、6月12日に”クラシック音楽公演運営推進協議会”(構成:日本クラシック音楽事業協会、日本演奏連盟、日本オーケストラ連盟ほか)において「クラシック音楽公演における新型コロナウイルス感染拡大予防ガイドライン」を取りまとめたことを発表した。

全国のオーケストラが公演を再開しつつある。
それぞれにさまざまな葛藤の中、音楽の力を信じた活動がこれからもされていくだろう。
これからが、本当の闘い。
今回の放映が、事務局、演奏者、観客の想いを共有し合える機会となって、共に音楽の力を信じ、新しいクラシックコンサートの在り方を創りあげていけることを私は願ってやまない。


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