題名のない音楽会 森麻季、藤田真央、林美智子、西村悟、川田修一、重井吉彦がモーツアルトやベート-ヴェン、E.サティの”ひねりすぎた曲名”を奏でる?

2020年9月19日と2020年9月26日の「題名のない音楽会」は、「有名作曲家のひねりすぎた曲名を楽しむ休日」。

古坂大魔王プレゼンツの「ひねりすぎ」シリーズの第4弾です!

今回は、モーツァルトやベートーヴェン、E.サティなどの有名作曲家の、何でも音楽にしてしまう、そして、敢えて奇抜な曲名を付けられた「迷曲」が登場します。

「迷曲」だけど、こんな「名曲」があるなんて!

内容(歌詞)は?であるにもかかわらず、魅惑的な音色が広がる不思議な世界を、笑いと驚きで楽しみましょう!!

題名のない音楽会 「俺の尻をなめろ」をモーツアルトが作曲した理由は?

モーツァルト作曲の「俺の尻をなめろ」という曲名の音楽をご存じですか?
”俺の尻をなめろ”(Leck mich im Arsch)は、ドイツ語で「消え失せろ!」等を意味するスラングです。

W.A.モーツアルトは、35年の生涯で600曲以上の作品の残す言わずと知れた、大作曲家!
「題名のない音楽会」の番組テーマ曲、「劇場の支配人」も彼の作品です。

そんな大作曲家が、「俺の尻をなめろ」という曲名の作品をつくったのです。
この曲は、1782年にウィーンで作られたドイツ語のカノン形式の声楽曲です。

”リッカルド・ザンドナーイ国際声楽コンクール”第二位のテノール歌手、西村悟(にしむら さとし)が東京混声合唱団と一緒にこの作品を歌いました。

原語のドイツ語のまま聴くと、堂々とした聴きごたえのある、音色の美しい輪唱が印象的な音楽です。

ドイツ語が分からないから、純粋に音楽が楽しめました!

が、歌詞とその意味は、こんな感じです。

Leck mich im Arsch!

Lasst uns froh sein!

Murren ist vergebens!

Knurren, Brummen ist vergebens,

ist das wahre Kreuz des Lebens.

Drum lasst uns froh und fröhlich sein!

Leck mich im Arsch!
[ドイツ語]

俺の尻をなめろ

陽気にいこう

文句をいってもしかたがない

ブツブツ不平を言ってもしかたがない

本当に悩みの種だよ

だから陽気に楽しく行こう

俺の尻をなめろ
[日本語訳]
(出典:知って得する知識サイトより)

これは、歌詞になる言葉なんでしょうか?

ドイツ語バージョンの後の日本語バージョンで歌詞で聞いた時、言葉に引っ張られて、音楽を純粋に楽しむことができず、笑いが止まらない状態に!

どうして、モーツアルトは、この曲をつくったのでしょうか?

日本の現代音楽の作曲家、演奏家でもある、国立音楽大学准教授の川島素晴(※)が言うには、モーツアルトは、この作品を作曲した後に、交響曲41番「ジュピター」を作曲しているらしいのです。

「ジュピター」第4楽章に出てくるテーマに、同じようなフレーズが!
普段の遊び心の作業が名曲につながった?ともいえるのでしょうか?

(※)【川島素晴(かわしま もとはる)】
日本の現代音楽の作曲家、演奏家。国立音楽大学准教授、東京音楽大学および尚美学園大学講師。日本作曲家協議会副会長

題名のない音楽会 ロッシーニ作曲の「2匹の猫の滑稽な二重唱」に森麻季と林美智子が挑戦!

ロッシーニ作曲と言われる「2匹の猫の滑稽な二重唱」は、本当に猫が鳴き声をかけあっているかのような、猫の鳴き声のものまね合戦です。

G.ロッシーニ(1792-1868年)は、生涯に39曲のオペラを書いた作曲家で、歌劇「ウィリアム・テル」序曲が有名です。

この曲は、「猫のカヴァティーナ」という元ネタのある曲を、別人が編曲していて、そこにロッシーニの曲が引用されているため、ロッシーニの作品と言われてきましたが、最近になって、R.L.パーサル作曲と判明したそうです。

なにしろ、歌詞が「Miau」しか出てこないんです。

”プラシド・ドミング世界オペラコンクール”に入賞した、ソプラノ歌手、森麻季(もり まき)と、
”国際ミトロプロース声楽コンクール”最高位入賞のメゾ・ソプラノ歌手、林美智子(はやし みちこ)が、「題名のない音楽会」独自の演出「アクセサリー自慢!」競い合う”猫”として、歌い上げました。

本当に素晴らしかった!!

本物の”猫”が自分の胸に着けた”コサージュ”自慢をしているようで、その表現力に見入って、そして聞き入ってしまいました!

ソプラノ歌手の森麻季が、自宅でこの曲の練習をしていたら、飼っていた猫は、あきれていなくなってしまい、犬は心配そうに最後まで見守っていてくれた、と言っていました。

猫や犬の気持ちが分かる気がしました。

それほど、この作品を歌う姿が、”猫”の感情を表現していて、そのもの!という感じだったんです。


題名のない音楽会 ベートーヴェンが作曲した「ホフマンよ、決してホーフマンになるなかれ」は、ダジャレ作品?

ベートーヴェンが作曲した「お願いです。変ホ長調の音階を書いてください」は、作曲の依頼をそのまま作品したものです。

川島素晴いわく、この曲は、「交響曲第8番ヘ長調」と「交響曲9番ニ短調」の間に作られ、ベートーヴェンがウィーン学友協会のハウシュカ卿のために、敬意表して作った作品と言われています。

ベートーヴェンにとって”変ホ長調”は、大事な調性で、交響曲第3番「英雄」やピアノ協奏曲第5番「皇帝」も変ホ長調で書かれています、

そして、いづれの曲も、堂々としたイメージの曲になっています。

ピアニスト藤田真央は、「この曲のスケール(音階)はとてもきれい。『お願いです。変ホ長調の音階を書いてください』の歌詞や、曲名に書いて歌わせるのが非常にベートーヴェンらしいと思う」と語っていました。

テノール歌手の西村悟は、この曲を歌った感想について聞かれて、こう語っていました。
「こんなんで良いのだろうか?と。でも、ベートーヴェンですから」

また、「ホフマンよ、決してホーフマン(ご機嫌とりの言い方)になるなかれ」では、この曲名を輪唱するのですが、そのこっけいさが、ベートーヴェン作曲となると、何ともいえなく味わい深く思えるのは不思議ですね。

ピアニスト藤田真央は、「この時代にも、ダジャレがあったんですね。ベートーヴェンがこのダジャレを言うことで、高貴なダジャレに昇格している」と藤田節を展開していました。

出演者も、演奏家も笑いに包まれました!

題名のない音楽会 エリック・サティは「犬のためのぶよぶよした本当の前奏曲」など、なぜ変わった曲名をつけているの?

エリック・サティは、フランスの作曲家で、「3つのジムノペディ」や「ジュ・トゥ・ヴ」などの作品でも有名です。

また、音楽界の異端児と言われ、”同じメロディを繰り返す”手法や、”環境音楽の原点”を作曲し、後世の作曲家に、多大な影響を与えています。

そして、ひねった曲名が一番多いことでも知られています。

例えば、以下の前奏曲集を見てみると、
犬のためのぶよぶよ・・・? この曲名は、どうやって生まれたのでしょうか?

「犬のためのぶよぶよした前奏曲」
第1曲  内なる声
第2曲  犬儒派の牧歌
第3曲  犬の歌
第4曲  徒党を組んで

「犬のためのぶよぶよした本当の前奏曲」
第1曲 きびしいいましめ
第2曲 家でただ一人
第3曲 遊びましょう

犬が出てきたのは、サティが犬好きなところからきているようです。

ちなみに、”ぶよぶよ”とは、”たるんだ”という意味です。
なぜ”たるんだ”なんで入れたんでしょう?

また、なぜ同じような曲名が2つあって、ひとつに、「本当の」とついているのでしょうか?

これは、サティが最初の前奏曲集を出版社に持ち込んだところ、出版を断られた為に、これを破棄してもう一度書き直した「本当の」のほうが、ようやく出版されたそうです。

彼が亡くなった後、以前の破棄されたものも発見されたのだそうです。

そして、この曲は、曲名だけでなく、曲想も特徴的です。

犬の習性が織り込まれて表現されています。
「犬のためのぶよぶよした前奏曲」では、低い和音から、大きい犬が吠えているように聴こえますし、「犬のためのぶよぶよした本当の前奏曲」では、高い和音から、小さいトイプードルのような犬が戯れて吠えているかのように聴こえるのです。

コロコロと曲想が変わるのは、晩年のサティ作品の特徴でもあります。

楽譜には、Aller「進む」、lie’「なめらかに」、Paululum「少しばかり」など、色々な発想標語で指示が書かれているのですが、サティならではの皮肉さが。。。

サティは、ふざけた内容の指示を、わざとラテン語で、学術的に表示したのです。
一体何をアピールしたかったのでしょうか?

そして、そもそも、サティはなぜ「ひねった曲名」を好んでつけたのでしょうか?

そもそもひねくれた性格だったからとも言われていますが、まじめな題名の曲が評価される、世相に反抗し、題名だけで音楽の良し悪しを判断する人を、からかっていたのではないかとも、考えられると言います。

ソプラノ歌手の森麻季は、「題名を聞いてから聞くと、どのあたりが犬なのかを想像しながら聴くけど、全く題名を知らなければ、全然違う世界が聴こえて、かっこいい曲だなと思いました」と語っていました。

サティの曲は、単に変わっているのではなく、聴く人に今までにない感動を与える不思議な魅力があうように思います。

サティの「ひねりすぎた曲名」の中でも、”ひねりすぎて長くなりすぎちゃった!”曲名があります。

こんな感じです。
「いつも片目をあけて眠る見事に肥った猿の王様を目覚めさせるためのファンファーレ」

なんて長いんでしょう?文章ですよね。これはもう。

この曲は、当時あった雑誌「ファンファーレ」の為に作られました。
サティは、いつも彼自身が片目を開けて寝ると、色々なものに書いているので、サルの王様は自分のことを言っていると考えられ、自分を皮肉って書かれた曲名といえるのかもしれません。

ピアニストの藤田真央は、「半音下がる流れのところを、半音上げて書かれているところがあり、音もひねっていることが、片目を閉じているという表現で示しているのかも」と、意味深な言葉を語っていました。

その他にも、数多くの「ひねりすぎた曲名」を、サティはつけています。

E.サティの「ひねりすぎた」曲名一覧
・「真夏の夜の夢」のための5つのしかめ面
・あらゆる意味にでっちあげられた数章
・太った木の人形のスケッチとからかい
・右や左に見えるものー眼鏡なしで
・いやな気取り屋の3つのワルツ
・1世紀ごとの時間と瞬間的な時間



題名のない音楽会 エリック・サティの「ヴェクサシオン」は、忍耐力のいる”嫌がらせ”の曲?

また、サティは、「ヴェクサシオン」という曲も書いています。
「ヴェクサシオン」とは、”嫌がらせ”の意味です。

そしてこの曲は、ひと癖もふた癖もある扱いづらい曲なのです。

1ページしかない譜面上にある、一番下の単旋律の複雑なメロディをまず演奏し、次にそのメロディの上に和音が重ねらた旋律を演奏します。
その後、再び単旋律のメロディを演奏し、またそれに少し異なる和音が重ねられた旋律を演奏するというサイクルが、840回繰り返されていく曲なのです。

単旋律は、調整があるのかないのか不可解なメロディになっている上に、重ねられている和音が不協和音で、19世紀の終わりに書かれているが、この時代にここまで不協和音しか鳴らないというのは、かなり大胆な発想。

また、再び単旋律が奏でられ、そのメロディの上に、先ほどと少し異なる和音が重ねられます。

ウィーン・フィルやベルリン。フィルとも共演した、世界最高峰のピアニストと言われるピアニストのイゴール・レヴィットは、今年5月末、この演奏模様をライブ配信して、話題を呼びました。

番組内で、彼が「ヴェクサシオン」にチャレンジするライブ配信の一部が放映されました。

レヴィットは、演奏回数を把握するために、840枚のシートを用意して、1曲終わるごとに、シートを1枚ずつ下落として、回数を数えていました。

7時間経過したところで、軽食をとりながら弾き、8時間経過したところで水分補給、弾きながら、ストレッチをしたり、立ち上がったり、途中でテンポが速くなったりなどしながら、20時間かけてこの曲を上演しました。

レヴィットは、弾き終わった後、「正直飽きた。これを演奏することに意味はない」とまで言っています。

まさしく、曲名通りの上演になったといえるでしょう。

他には、この曲を、35時間ノンストップで演奏したピアニストもいたといいます。

サティは、音楽が、ひとつの解釈のみで捉えられるのではなく、忍耐力を試されたり、筋力トレーニングになることもあるなど、色々な可能性を持っていることを示したのかもしれません。

そう思うと、サティは、音楽性も追求しながら、演奏者や聴衆も意図どおりに操るような、奇才の持ち主だったのかも、と思えてきます。


題名のない音楽会 「有名作曲家のひねりすぎた曲名を楽しむ休日」を観て

偉大なクラシック音楽の作曲家たちが、面白い曲名の作曲をしているっていうのが、人間らしいというか、より音楽を近くに感じますよね!?

当時に人たちは、どんな風にこれらの曲を聴いたんでしょうか?
やっぱり、笑いながらなんでしょうね?

そして、「ひねりすぎた曲名」でありながら、現在まで引き継がれている曲には、音楽の可能性に挑戦した、作曲家の才能が光っているように感じました。

楽曲紹介 (2020年9月19日放映分)

♪1:「俺の尻をなめろ」
作曲: W.A.モーツァルト
テノール: 西村悟
東京混声合唱団

♪2:「2匹の猫の滑稽な二重唱」
作曲: G.ロッシーニ
ソプラノ: 森麻季
メゾ・ソプラノ: 林美智子
ピアノ: 藤田真央

♪3:「お願いです、変ホ長調の音階を書いてください」
作曲: L.v.ベートーヴェン
テノール: 西村悟
東京混声合唱団

(出典:TV asahi  題名のない音楽会オフィサルサイト)

偉人たちが残した言葉  (2020年9月19日放映分)

 ぼくら作曲家がいつも規則にへばりついていたら、一向につまらない音楽しか書けなかったでしょう。  ~W.A.モーツァルト~
(出典:TV asahi  題名のない音楽会オフィサルサイト)

楽曲紹介 (2020年9月26日放映分)

♪1:『犬のためのぶよぶよとした前奏曲』より第3曲「犬の歌」
作曲: E.サティ
ピアノ: 藤田真央

♪2:『犬のためのぶよぶよとした本当の前奏曲』より第3曲「遊びましょう」
作曲: E.サティ
ピアノ: 藤田真央

♪3:「いつも片目を開けて眠る見事に肥った猿の王様を目覚めさせるためのファンファーレ」
作曲: E.サティ
トランペット: 川田修一、重井吉彦

♪4:「ホフマンよ、決してホーフマンになるなかれ」
作曲: L.v.ベートーヴェン
日本語訳: 川島素晴
テノール: 西村悟、平野太一朗

(出典:TV asahi  題名のない音楽会オフィサルサイト)

偉人たちが残した言葉 (2020年9月26日放映分)

 芸術に真理はない。決して「類型」を真理と混同してはならない。  ~E.サティ~
(出典:TV asahi  題名のない音楽会オフィサルサイト)



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